卒業生の言葉(68期卒業生 2020年3月卒)

キャプテン 梅田 真人(横浜市立大道中出身)

 

 僕のこのサッカー部での3年間はとても濃密で、たくさんの経験をすることができた、とても充実した時間でした。とくに自分達68期の代になってからはキャプテンとしてチームをまとめるむずかしさや、信頼をしてもらう大変さを知りました。しかし仲間のピッチ外でのあたたかさや、ピッチ内でのたよりがいのあるプレーなどに支えられて、約1年間この役をやり遂げることができました。

 僕はこの3年間センターバック一筋でやってきましたが、改めてセンターバックの魅力に気づきました。ポジショニングの重要性、ゴール前で体をはること、ヘディングの競り合い、頭を使って人を動かし相手を誘導してボールを奪うことなどの難しさ、大切さに改めて気づきました。また、金沢サッカーは最終ラインからビルドアップする機会がおおく、守備力だけでなく足元の技術ももとめられるようになり、今まで考えなかったことを試合中に考えるようになったと思います。見なかったところを見るようになり、気にしなかったことを気にするようになったことで、日々の練習や練習試合も新しい発見の連続で、とても刺激的な毎日でした。

 また、僕が思う金高サッカー部のすごいところは、金沢ファミリーの存在だと思います。これほどまでに先輩方や、保護者の方々が試合や三送会などのイベントに顔を出し、皆が金沢サッカーを楽しんでいるチームはどこをみてもいない、本当に特別なことだと思いました。そしてなにより応援したいと思うような魅力のあるサッカーをし続ける金高サッカー部の伝統も大事にすべきことだと思いました。

 結果的にはチーム発足のときにたてた目標を達成することはできなかったですが、達成までの過程におけるサッカー技術はもちろん、人間性をも成長させることができた日々の練習は高校3年間で1番の宝物になりました。 

 この充実した時間を共に過ごせた68期のみんな、先生方、スタッフの方々、先輩方、後輩達、保護者の方々、その他サッカー部に関わった様々な人に本当に感謝します。本当に楽しい高校サッカーでした。

副キャプテン 新田 聖人(横浜市立領家中出身)

 自分の高校3年間はサッカー部での活動なしでは語り尽くせません。金高サッカー部での活動はそれほど充実したものでした。

 小学生の頃に高校サッカーに憧れてサッカーをしてきたので、いざ高校に入学した時は自信と期待に満ちたスタートでした。しかし実際始まるとうまく行かないことの方が多く、腐ってしまう時期もありました。そのような中で68期の代になり、三役に選んでいただきました。まさか自分が選ばれるとは思っておらず、とても驚きましたが三役として自分が本当にやるべきことを見つめ直すきっかけになりました。練習メニューを毎日決める中で、自分が今までただこなしていただけだということを痛感しました。週末の試合でのトライ&エラーから得た課題を平日の練習で克服していく繰り返しの中で1番自分の成長を感じることができました。自分が成長していくことがモチベーションになるようになったことは、勉強面でも生きていたと感じています。

 チームとしては県ベスト8を目標に日々切磋琢磨してきました。リーダーが引っ張るというよりは全員が自分の成長のために努力をしていた印象でした。毎日しっかり練習をしていたので、毎回試合する相手よりも良い過ごし方をしていた自信が常にありました。それだけに選手権で二回戦敗退という結果に終わったことはとても悔しかったです。引退した後もずっと忘れられず、眠れなくなる夜もよくありました。今でも思い出したくない苦い思い出です。それでも日々の練習に真剣に取り組み、こんな自分を信じてくれた仲間を誇りに思います。ありがとう。

 現役の頃は高校サッカーで自分が本気でサッカーをするのは最後に決めていました。しかし選手権で味わった悔しさや、まだまだ自分の伸びしろを感じたので大学に進学してからも大学サッカーをやるつもりです。サッカーでの悔しさはサッカーで返します。

 最後になりましたが、何度も迷惑をかけた自分を見捨てずにチームで育ててくださった粉川先生、林先生、中尾先生、白鳥先生、藤田先生、心配して連絡をとってくれたOBの先輩方、試合の応援にかけつけ、激励会などの企画運営をしてくださった金沢ファミリーの保護者の方々、本当に感謝しています。ありがとうございました。次のステップでも金沢で過ごしたことを誇りを胸に邁進します。3年間ありがとうございました!

副キャプテン 佐藤 冬真(横浜市立岩井原中出身)

 私が3年間の部活を通して学んだことはチャンスを掴む事の大切さ、そしてチャンスを掴むために万全の準備をしっかりと行う事の大切さです。私がチャンスを掴めたこととしては2つあります。アンカーにポジション変更をしたことと三役に選ばれたことです。

 私は1年生の頃はフォワードとしてプレーしており、ほとんど活躍することができませんでした。同じポジションの仲間や、練習でいつもマッチアップするセンターバックの仲間にアドバイスをもらい練習に励んだものの、結局金沢Bとして参加したK4の試合にも1試合も出ることはできませんでした。しかし初めて臨んだ合宿での最終日の練習試合の日にアンカーにコンバートされたことから私は段々と試合に絡むことができるようになりました。

 最初はフォワードでないことに対する不満もありましたが、アンカーという金沢サッカーにおける大事なポジションでプレーできる喜びを知り、ほとんど毎日朝練に参加しアンカーとしてのプレーを磨いた結果、トップチームでの試合にも出ることができました。このように思わぬポジション変更ではあったものの、それを受け入れる準備をした結果チャンスを掴むことができました。

 また、私は「朝練に毎日参加してるから」という理由で三役に選ばれました。まさか自分が三役に選ばれるとは思っていませんでしたが、自分が試合に出て活躍するためにいい準備をしようと心がけた結果、確実に掴み取ったチャンスでした。三役としてチームをまとめる役割を常に果たせた訳ではなく、チームのために大いに貢献できた訳でもありませんでした。しかし今まで以上に先生方と意志の疎通をはかり、周りの仲間、チームがいい方向に向かうために気を配ったり、練習メニューを考えたことは三役でしか経験できなかったことであり、とてもやりがいのあることでした。このようにチャンスを掴めたことがある一方で、私は最後まで試合に出るメンバーに定着することができませんでした。それは与えられたチャンスをしっかりと利用することができなかったからでした。関東予選の対創学館高校戦やインターハイ予選の対鎌倉高校戦では自分は出場することができて一定のパフォーマンスを発揮できたものの、最後の最後で負けたり、自分のミスから失点し敗北してしまったりしてしまいました。「あの試合で勝っていれば、あそこでミスをしていなければ、」と何度も思いました。しかし結果はなにを考えても変えることはできません。ここで大事なのはプレーを後悔することではなく、次に与えられたチャンスを掴むためにどんな相手、どんな状況でも自分のベストを尽くせる準備を行うことです。私は対鎌倉高校戦などは特に後悔ばかりして次の準備に切り替えることができていませんでした。だからこそ後輩達にはチャンスを掴むための準備を常に万全に整えて欲しいと思います。後悔ではなく次のチャンスを掴み取る準備をしてください。チャンスは公式戦だけではなく、自主練の朝練、平日の練習、練習試合にもいくらでも転がっています。万全の準備をしてチャンスを掴み取ってください。応援しています。3年間ありがとうございました。

齋藤 生翔(横浜市立森中出身)

 まず一番に思ったことは'自分に甘かったな'ということです。自分はほとんどAチームの試合に出れず、悔しい日々を過ごしてきました。振り返ると自分は運動量がないという課題がわかっていながらそこから目を背けて、違う練習ばかりしていました。そこで課題を克服できていたらと考えるとやはり後悔があります。ですがサッカー部で過ごした3年間は短かったけれどすごく充実した日々を送れました。これまでサッカーを続けてきたなかで一番サッカーに集中して取り組むことができ、沢山の思い出があります。これらの思い出はみんなと一緒に頑張れてきたからで、スタッフの方々と仲間に感謝しています。この経験を生かし自分の将来へ歩んでいきます。ありがとうございました。K3昇格頑張ってください。応援します!

渡邉 倫太郎(横浜市立富岡中出身)

 自分はやるべきことを早くやっておくべきだったなと思いました。サッカーにしても勉強にしても、もっと練習してもっと勉強していればと思いました。
 サッカーで言うとやはりAチームで試合に出て多くの3年生と一緒にプレーしたかったと思いました。
 悔いの残らないように全力でサッカーも勉強もして欲しいです。
 ありがとうございました。

長澤 祐輔(横浜市立大道中出身)
 3年間を振り返ると最初に思い出すのは、正直悔しかったことばかりです。試合に負けて悔しかったこと、メンバーに選ばれなくて悔しかったこと、怪我をして練習になかなか出られなかったこと、相手にぬかれたり、相手にボールを取られたりして悔しかったこと。そんなことばかりです。
 しかし、ここまでサッカーに本気で取り組み、本気で楽しめたのは初めてでした。毎日次の日の部活のことを考え行動する生活は苦しいと感じたこともありましたが、それが報われた時のあの嬉しさは忘れられません。
 金沢のサッカーはとにかく楽しかったです。自分は戦術係に所属し、他のチームの偵察や分析をしたりしていましたが、それでも金沢より楽しいサッカーをしているチームはないと思いました。
 誰かひとりだけが活躍するのではなく、全員で繋がり合い、全員でゴールを喜び合うサッカーはサッカーについて実際には何もわかっていなかった自分にその本当の楽しさを教えてくれました。
  そして、この3年間で人間的にも大きく成長できたと思います。厳しい練習では苦しい時に頑張れるか、など精神的な面を鍛えられ、また挨拶、礼儀やマナー、自己管理など当たり前のことを当たり前にできるよう自分を変えることもできました。
  最後に、自分は基本的に運が悪いと思っています。それはなんでだろう?と考えたとき思いつくのが自分は人と出会う運が良すぎるのかもしれない、ということです。
 こんな自分がスタッフ、保護者も含めた仲間に出会えた、金沢ファミリーの一員になれたことに運を使い果たしてるのかな。本当にそう思えるくらい良い3年間を過ごすことができました。
 そんな仲間たちには感謝の思いでいっぱいです。本当にありがとうございました!

金山 悠吾(横浜市立大鳥中出身)

 

 今振り返ってみて、サッカー部に入ってからの2年間は人生の中で一番色々なことを経験できた期間だったと思っています。

 1年サッカーを辞めた時期もありましたが、これまで幼稚園から高校までサッカーをやってきて、これほど全員がサッカーに真剣に取り組み、自分の頭で考え、同じ方向を向いて努力しあっていたチームははじめてでした。そんな素晴らしい環境でサッカーができたのはすごくラッキーだったし、常に全力かつ頭を使いながら取り組んだこの2年間で、サッカーの面白さにさらに気付けた気がします。それは選手の自主性を大切にしてくれた先生方やスタッフの方々のおかげだと思います。とても感謝しています。最終的には目標は果たせませんでしたが、チーム全員で目標に向かって地道に努力を続け試行錯誤した経験は、この先の人生に確実に活きてくると思っています。

 1年の辛い時期を経験せずに途中から入ったのにはじめから受け入れてくれた68期のみんな、そしていつも支えてくださった先生方や保護者の方々、本当にありがとうございました。

野田 遥介(横浜市立洋光台第二中出身)

 自分は中学時代、ほとんど試合で勝つこともポジションをチームメイトと争うこともありませんでした。だから高校では例え試合に出られないとしても勝てる強いチームでポジション争いをしたいと思い、この金沢高校サッカー部へ入部しました。

自分のポジションであるセンターバックには先輩方にも、後輩たちにも、もちろん68期にもお手本のような立派な選手がたくさんいました。日々の練習から隣でプレーを見ることが出来たのは自分にとってとても刺激になったし負けたくないと思いました。また、メンバーに入れず試合に自分が出られない悔しさがある一方でこのディフェンスラインなら絶対に大丈夫だという信頼ができました。素直に勝利のために応援であったりベンチワークの仕事が出来たのもこのメンバーへの信頼があったからです。

日々の練習や早起きして朝練に出て自分とボールに向き合い続けられたのは間違いなく周囲のみんながいたからです。自分の実力やこれまでの努力の不足に嫌になってしまうことも少なくなかったけれど、試合に出られない選手は勿論、メンバーの選手も上手くなろうと必死にもがく姿を見せられて、練習で手を抜こうとかテキトーにやろうなんて考えは全く浮かばなかったです。そんな3年間だったし特に最後の1年はそれを強く感じた濃い1年でした。

 そんな本気の集団だったからこそ、やはり選手権の2次予選に自分たちも行きたかったな、と今でも思います。自分がトップチームでスタメンとして公式戦に出場したのは最後のK4リーグの日大藤沢戦の40分だけです。その40分を終え先生から交代を告げられた時、自分は満足したような気持ちになっていました。区切りを決めて練習にもう一度本気で取り組めたし、今まで出たくてしょうがなかった公式戦に出て満点とは言えないけれど納得のいくプレーを出来たからです。晴れ晴れした気持ちで引退を迎えたつもりでした。

 しかし、受験期に入って机に向かっていると何故か日大藤沢のピッチの光景が思い浮かんできて、コーナー決めたかったなぁとかあの試合で勝っておけばもっと1位を早く決められたのになぁなんて思いがずっと離れませんでした。あの日で満足したはずだったけれど、自分には40分では足りなかったみたいです。

 だから、後輩たちに伝えたいのはとにかく試合に出てほしい、出るための努力を惜しまないでほしいということです。立たなきゃわからない緊張感と高揚感がそこにはあって、ある意味いつもどうりにはいかない場所でどれだけやれるか、それが自分はすごく楽しかったし、もっと出来た、もっとピッチに立ちたかった、そう思ったからです。そうした努力があってこそ、ほぼ試合に絡めなかったとしても「いい経験が出来た」と引退し卒業を迎えた時に胸を張れるのかなと思います。

 長くなってしまいましたが最後に自分をここまでのプレーヤーと人間にしてくれた、先生方、外部のスタッフの方たち、先輩方、後輩たち、68期の仲間たちに感謝を伝えさせてください。

 3年間ありがとうございました。

 

太田 琉稀(横浜GSFC)

   一生涯という単位で捉えればあっという間な時間だったかもしれませんが、やはりこの3年間は私自身にとって本当に長く、意味のある大切なものだったなと思います。市立金沢高校サッカー部という最高の集団の中で多くのことを感じ、多くのことを学び、多くのことを得ることができました。そして個人的にもチームとしても変化することができた気がします。この変化が私を大きく成長させてくれました。

   中学時代にクラブチームに所属していた私は、サッカーに対して結果よりも個人的な楽しさに重きを置いてプレーしていました。今思うと結果を残すことを何処かで諦めていました。しかし金高サッカー部に入り上下関係や部員数、練習内容などクラブチームとは全く異なる環境下で活動を続けるにつれて、私の意識は確実に変化していきました。特に67期がリーグ戦で負け続けていく姿を見て、俺たちは絶対に勝って結果を残したいと強く心に思ったのを覚えています。もちろん楽しむことも大切にしていましたが、それ以上に勝利にこだわる気持ちを強く持つようになりました。68期はメンバー決めを三役中心にしたり、新たなフォーメーションを試したりと勝つために試行錯誤を重ね、変化を作った代だと思っています。現状に満足せず常に上を目指し続ける素晴らしいチームでした。それだけに最後に結果を残せなかったことが本当に悔しく、不甲斐ない気持ちでいっぱいです。けれどもう引退した私達が直接出来ることは何も無いので、次の世代がまた変化に繋げてくれることを願っています。ずっと応援しているので頑張ってください。 

    最後になりましたが私達選手を支え続けて下さった先生、スタッフ、保護者の方、OB・OGの方など有難うございました。そして何より選手達のいちばん身近な所で助けになってくれたマネージャー、ありがとう。数え切れないぐらいの人達が私達の力になってくれていることをこの文章を書きながら改めて感じました。金沢高校サッカー部の一員でいれたことに誇りを持って次のステップに進んでいきたいと思います。3年間本当にありがとうございました! 

瀬名波 拓巳(逗子市立逗子中出身)

 

 僕の高校生活の思い出は部活と勉強でした。

 夏の引退までは部活なしでは高校生活は語れず、また引退後は勉強なしには高校生活は語れない、そんな高校生活でした。そしてこの2つが終わってしまった今になって、何かやるべきことや目標がある日々はどんなきつい日々でもとても充実したものであったということに気付かされます。僕にとってこの2年半は人生で一番サッカーに真剣に向き合った期間でした。なんとなく練習をしてなんとなく試合をしていた中学校とはうって変わってほとんどのことが初めてで、初めはきついこともたくさんありました。それだからこそ今、自分でも成長できたと感じています。ビリにはなりたくないと走っていたロングランも3年になると上位を争えるようになり、組織的な守備はなにもできなかったのに、頭を使って守ることを少しは習得できたと思います。ある時はサッカーが嫌になる時もあったけれど、今ではサッカーも顧問の先生方も含め大好きです。サッカーの面だけでなく、人間関係の面でも学年を越えて色々な人と関わるうちに人としても成長していけたと思います。そしてなりよりここまでサッカーを続けてこれたのはたくさんの人のおかげであるという感謝の心も学ぶことができました。

 今後、この金沢高校サッカー部だったことを誇りに思い、まだだ色々なことに挑戦していきたいと思います。3年間ありがとうございました。

坂井 勇紀(横浜市立日限山中出身)

 

 金沢サッカー部の3年間は自分のサッカー人生の中で一番充実した3年間でした。

 1年生のときはとても辛くきつい時間でした、小中の時以上に考えるサッカーに毎日悩ませられ、先輩たちから教えてもらったり見よう見まねで食らいついていました。しかしそのとき自分は周りと比べてロングキックが飛ばない、フィジカルが弱い、周りを見て判断することが遅いなどが出来ないことが多く見え自信を持ってプレーすることが出来ずにいたからです。

 その後段々と金沢のサッカーを理解し、自分のしたいことが出来るようになりました。自分のしたいことができる、そんなことが起こるようになったときが、自分の中でサッカーに対する考えが、辛くきついから面白い楽しいに大きく変わった重要な時でした、毎日の練習で1つずつチャレンジしてみたり、サッカーを知ってみたいと思うようになったり、前向きになれていたと思います。また今までに無かったような自分らしいプレーをするようになったのもその頃からでした。特徴的な自分らしさが出せるようになると試合に出ることが増え、ますますサッカーを楽しめるようになりました。自分が大きく成長してこれたのは自分が小さな成長を自覚することができ、それを達成感として楽しんで来れたからです。

 金沢のサッカー部は戦術がしっかり浸透しており誰が出ても金沢らしくまた、特徴的な個を持っている人が多く、メンバーによる違いが生まれたりなど、とても多様な形を持ったチームでした。そのような場所に身を置き3年間経験してこれたのは自分のサッカー観を広げる素晴らしい場所でした。今までずっと一緒にやってきた68期のみんなには感謝しかありません、苦楽を共に過ごし、みんなと笑って泣いて過ごした日々は人生の最高の宝物となりました。

 親、先生、コーチ、マネージャーやその他スタッフなど様々な方々の支えがあり自分たちがここまで成長し、3年間を楽しんで充実した日々を過ごして来れました。本当にありがとうございました。

田渕 諒太郎(横浜市立西本郷中出身)

 自分が金沢のサッカーに初めて出会った時、とても戦術的なサッカーをしているなと思ったことが強く印象に残っています。個人の力で優っている強豪校やクラブチームに、頭を使ったつなぐサッカーで勝利を掴もうとする金沢のサッカーが魅力的に感じました。

 実際に入部してみると、複雑なフォーメーションや森さん、神馬さんといったトレーナーの存在、戦術的な練習といった金沢高校ならではのサッカー環境は、中学校までの常識を毎日のように覆すものでした。

 この3年間を振り返ってみると、自分はどうしても悔しい思い出の方が多く思い付いてしまいます。特に、選手権での鎌倉学園戦でただただグランドの外から眺めることしか出来なかった悔しさは、一生忘れることが出来ません。けれども、仲間と競い合った日々や試合に出れたときだったり、チームが勝利したときの喜びは一生の宝物です。

 68期の仲間たちや先輩方、後輩たちとサッカーを通して出会えて、一緒にサッカーができたことを誇りに思います。この3年間で学んだことを無駄にしないで、これからの大学生活に生かすことで、今まで支えてくれた方々への恩返しになればなと考えています。

 3年間ありがとうございました。

磯部 亮太(横浜市立富岡中出身)

 

 自分は金沢高校のサッカー部に入れて本当に良かったと思いました。3年間を振り返るといろんなことがありましたが、今までのなかで1番サッカーのことについて考え、関わったと思います。

 自分が部活を3年間続けてきたなかで1番印象に残っているのは毎日の練習が本当に楽しかったということです。ランメニューなど辛い練習もありましたが、同じ68期のメンバーや先輩、後輩、先生方と1つの目標に向かって一緒に取り組んだので乗り越えられたと思います。

 また、後輩に1つ伝えたいことがあります。それは「仲間」を大切にしてほしいということです。自分はアンカーというポジションをやっていたのですが、同じ代にライバルが2人いました。最後の選手権で試合には出ることができなくて悔しい思いもしたけど、この2人がいなかったらこんなに練習も頑張れなかったし、サッカーのことも考えていなかったです。怪我をした時も励ましてくれる「仲間」がいたから、自分は引退試合で点が取れたのだと思います。点をとったあとみんなのところへ飛び込んでいくのは本当に幸せでした。こんな経験させてくれたみんなには感謝してます。

 最後に、この高校サッカーで得たものを大学でも活かしていきたいです。また自分はサッカーをするのも観るのも大好きなので、何らかの形でサッカーに関わろうと思いました。3年間ありがとうございました。

 金沢高校サッカー部が良い結果を残せるよう応援しています。 

 加藤 友希(横浜市立永田中出身)

 この3年間は自分にとってかけがえのない時間となりました。学校生活ももちろん金沢高校サッカー部として練習ができるという誇りを持ち生活していました。充実し最高な人生の一部を送ることができました。それでも、大きな挫折を経験した時間でもありました。

 努力の積み重ねがあったからこそ、そこには大きな挫折があったと思います。その努力は、自分個々人だけではなく金沢というチームのものです。

 それは、日々の練習の中でも肌で感じることができました。楽しいが前提にある真剣さをビンビンに感じました。みんなが横並びで全力で走って競い合うような感覚でした。その中でプレーできるということがどれだけの幸せだったか。味わうことができるのはこの一瞬、瞬間だと毎日感じていました。

 さらに、先生方、スタッフ、保護者の皆様の支えへの感謝は一言で言い表せれません。

 そんな支えがあったからこそ、チームとして結果を残せなかったことが大きな挫折に繋がったと思います。その気持ちは、最後のミーティングでの卒業生の言葉から、悔しいんだと、勝ちたかったんだと、感じました。

 負けたという事実は何をしても変わらず一生残るけれど、少しずつ前に進もうと思います。

 3年間応援ありがとうございました。 

西山 遥(横浜市立金沢中出身)

 私はこの3年間で自分はチームに必要なのか、何のためにマネージャーをやっているのか何度も悩みました。自分がやっていることがバカらしく感じることもありました。それでも私が最後まで続けられたのはそばで支えてくれる人がたくさんいたからです。悩んでいる時は話を聞いてくれる友がいて、試合の時は「頑張ってね」と言って家を送り出してくれる家族がいました。私はこの3年間で自分がどれだけの人に支えられているかを改めて感じることができました。

サッカー部で過ごした時間は私の高校生活の全てです。今まで応援してくださり支えてくれた皆様、3年間ありがとうございました。

幸 洸翔(横須賀市立鷹取中出身)

 私は中学校を卒業した春休みからサッカー部の練習に参加していました。それからちょうど3年が経ち高校を卒業したと考えると、信じられない程あっという間の三年間だったと感じます。ただその三年間は間違いなく辛いことの方が多かったです。試合に出られなかった時期、全敗で終えたK3、怪我との戦い、68期で唯一経験した昇格戦。
 その中でも特に印象に残っているのは何といっても選手権です。あれほど悔しい思いをしたのは人生で初めてでした。今でも戸塚高校での場面が頭に思い浮かびます。その一年前にも同じような経験をしました。厚木高校でのブロック決勝。あの試合も忘れることができません。そのときは、ただ先輩についていけば良かったので、そういう意味では気楽にプレーできていた時期だったと思います。けれども学年が上がり責任も大きくなり、その責任を果たすことの難しさを痛感しました。迎えた自分たちの最後の選手権。まさか負けるとは思っていませんでした。自分のシュートが入っていれば、悔やんでも仕方がないのにそんなことばかり考えていました。
 しかし、そういった辛い時こそ仲間や周りの人の存在の大切さに気付くことができました。私がこの三年間で学んだことは、人とのつながりの大切さです。サッカー部をやめたいと思ったことは一度もないし、輝かしい青春を手に入れられたのも全て周りの人のおかげです。人とのつながりが自分を大きくしてくれました。
 そしてもうひとつ、部活動を通して、全力になることのすばらしさを学びました。部活でも学業でも何においても全力をつくしたその先にあるのは、たとえ結果が出なくとも、それは言葉じゃ言い表せないくらい大きなものです。後輩にはもっとやれたのではないかという後悔はしてほしくないので、今この瞬間からもっと全力を出せることを見つけて突き詰めていってほしいです。私も大学やその先、全力で取り組むという姿勢を忘れずに挑戦していきます。
 最後に、3年近くお世話になった先生方、チームメイト、金沢ファミリー、自分とつながりのあるすべての方に心から感謝します。ありがとうございました。

松山 飛翔(YTC.FC出身)

 いま思えば3年間いろんなことをサッカー部で経験できたと思います。楽しいことや辛いこと、悔しいこと全てを味わうことができたと思っています。ただ鮮明に思いだされるのは辛いことや悔しいことのほうが多い気がします。例えば選手権で勝てなかったことや一年生のときの合宿などはほんとうに辛く、悔しい思い出です。その中でも1番悔しかったのは試合に出場出来なかったときでした。決して何事もうまくいったわけではない自分でしたが、うまくいくように必死になって頑張ったことに価値があったといま思います。いまなにか苦しんでる現役の選手には結果が必ずついてくるとは言いませんが、後になって頑張らなかった自分に後悔しないために日々努めていってほしいと思います。
 3年間この部活でサッカーできたことを自分は誇りに思っています。戦術面や精神面を含めほんとうにいろんなことを学べたと思います。とくに自分が成長できた部分は人とのコミュニケーション力だと感じてします。サッカーのプレーが一つの声かけでガラッと変わることや人に自分の思いを伝えるだけで考え方が伝わったりと、言葉の力の大切さを教えてもらいました。
 最後になりますがこの3年間、スタッフ、親御さん、先輩、後輩など色んな人に助けられて自分は成長できたと思います。今度は自分が誰かを助けられる人になれるよう日々努めて行きたいと思います

吉岡 旦人(ALL Z出身)

 今、サッカー部での活動を振り返ってみるととても昔のように感じますがとても充実していた時間でした。サッカー部の活動の中で普通の高校生活では送ることのできない生活を送ることができ、自分を様々な面で成長させてくれました。この環境の中で日々を過ごすことができ、自分はとても恵まれていました。指導してくださった先生方、共に戦った仲間達、支えてくれた親など、たくさんの方々に感謝の気持ちを伝えたいです。この体験を糧にこれからの人生歩んで行きたいと思います。

 

石橋 颯真(横浜市立港南中出身)

 部員のみんな、先生方、保護者の皆さんにはすごく感謝しています。2年半の部活動は高校生活の中で1番の思い出です。サッカー部に入って得たものはたくさんありました。まずは一生付き合っていける友達と出会えたことです。チーム全体でいい雰囲気でサッカーできたのはとても楽しくて、毎日部活に行くのが楽しみでした。今はもう経験できないことなので今の1、2年生は思いっきり楽しんで欲しいです。サッカーの面でも成長できたと思います。始めの頃はおじさんみたいなプレーをするなと言われたことを今でも覚えているのですが、今は少しアグレッシブになっていると自分では思っています。練習の質をもっと上げられたなっていうので少し後悔しているとろもあります。自分が1番印象に残っている試合は創学館戦で、その理由は自分が負けた原因となるプレーをしてしまったからです。前半に1点リードして折り返して、後半のファーストプレーでミスをしてそこからコーナーキックで点を決められて流れを作られてしまいました。これから後輩たちは強豪校と戦うことがあると思います。前に話したときも言ったのですが、全然自分達でもやりあえる相手なので恐れずに勝って欲しいと思います。試合観に行くので頑張ってください。

中川 颯汰郎(横浜市立大綱中出身)

 3年間を振り返ってみて1つ言えることはとにかくめちゃくちゃ楽しかったって言うことです。仲間と真剣にサッカーに取り組んだこと、更衣室で馬鹿みたいにみんなと騒いだこと、練習の雰囲気が悪く先生に喝をもらったこと、クーリングブレイクで大スベリしたこと、いろんな事があったけれど自分にとってはどれもが最高な思い出です。

 特に熱心に指導してくださった先生方や大介さん、森さんに神馬先生、この金沢高校サッカー部に関わってくださった全員のスタッフの皆さんにほんとうに感謝しています。時には厳しく時には優しくしてくださって自分は人間的にも成長できたと思うし、ここでの経験は絶対にこれからの自分の人生の糧となると思います。本当にありがとうございました!

 そして何よりも3年間を共に過ごしてきた仲間たちにもほんとうに感謝しています。部活で全然うまくいかなかった時もみんなでワイワイ叫んでいた時も厳しいトレーニングの時もどんな時でもずっとみんなが側にいました。正直この高校生活の半分以上、いやほとんど全てはこの素晴らしい仲間たちのおかげで最高なものとなったと思います。いやこれは間違いない。僕は彼らと出会えた事を本当に誇りに思います。これからはみんな違う道に進むけど、いつまで経っても僕はみんなのこと忘れないしみんなも忘れないでね!本当にありがとう!

 最後にどんな時でも自分を支えてくれた家族にも感謝を伝えたいです。自分は友達と一緒にいる時間が多くてあんまり家族での時間を大切にできなかったと思っています。そんな自分であっても家では優しく迎えてくれたり、朝練がある日は一緒に朝早く起きてくれたり、試合を見にきてくれたりと色々と家族はサポートしてくれました。これからもたくさん迷惑をかけると思うけどこれからも自分のことを支えてください。ありがとう!

 本当に最後になりますが僕は金沢高校サッカー部が大好きです!これから先どんなに辛い事があってもここでの経験を活かして何事も全力で乗り越えていきたいです。

廣田 裕介(横浜市立飯島中出身)

「チャンスを掴み取り、持ち続けるための努力」

 あなたは掴んだチャンスを持ち続けることができますか?2年半もあれば誰にだって一度くらいチャンスはあります。そしてそれを掴む人もある程度います。ですが私が1年生のときその掴んだチャンスを持ち続ける力はありませんでした。チャンスを掴み一年生初公式戦スタメン出場したとき、その努力はしたつもりだったので当然だと思っていました。しかしそれは甘い考えでした。その後怪我をしてしばらく経って復帰すると私だけ取り残されていました。少ないチャンスを持ち続けられないとここまで差がつくのかと落ち込みましたし、他の者も努力をしていたことに気が付きました。また私自身怪我したことをプラスに変えられなかったのです。せっかくチャンスを掴んだのに途中で落としました。怪我して落としそうになったチャンスを持ち続けるための努力を怠りました。チャンスを掴む努力よりチャンスを掴み続けることが大切で難しいことを学べました。そして私は部活で行き詰まったら全力で行事に取り組んだり勉強したりして、普通の高校生になったつもりでリフレッシュしては部活が一番なことに気づき、気持ちを新たに部活に取り組むこともありました。そのように紆余曲折したり試行錯誤したりと、濃い高校サッカーを過ごし、運と努力による少ないチャンスを掴むことすらできないこともありましたが、2年の秋に来たチャンスを掴み、持ち続け、私なりの私しかできない形で引退することができました。引退した後にチャンスを掴み続けられる力が身に付いていたことに気が付いたとき、大変嬉しかったです。

 目標にしていたベスト8への大事な一歩を踏み外し、選手権初戦負けしてしまった私は達成感は得られませんでしたが、チャンスを掴んでいない者より掴んだ者ほど努力しなければいけないことを学びました。挫折するのも成功するための立派な経験です。それら多くのことを学べた金沢高校サッカー部に入部して、やりきって引退できたことは誇りに思います。サッカー部では友達は出来ませんでしたが最高の仲間に出会えました。一緒に切磋琢磨し喜び苦しみ悲しみ楽しんだ経験は一生の宝物です。ありがとう68期のみんな ありがとう金沢。

後藤 僚介(横浜市立西柴中出身)

 自分はたぶん歴代の金沢高校サッカー部の中で1番小柄なプレーヤーであった自負があります。入部した時には正直出れなくても仕方ないと半ば諦めの気持ちでいました。まさか自分がオフェンスの選手となり、得点を公式戦で決めるような経験が出来るとは夢にも思いませんでした。

 自分を変えるきっかけとなったのは常日頃先生方がおっしゃっていた言葉です。

『何のためにやっているのか』

楽しいからサッカーをやっていて、もっと楽しむためにもっと上手くなりたいという気持ちが明確になり、練習への意識が変わりました。これからも自分の取り組みの目的、目標を考えながら後悔のない生活を送りたいと思います。

 

 お世話になった先生方、先輩後輩、本当にありがとうございました。これからの金高サッカー部の活躍を応援しています。

 

阿達 憧(横浜市立永田中出身)

 金沢高校での三年間を振り返ると夏合宿の辛かった思い出、うるさく楽しかった更衣室の思い出、修学旅行でサッカー部で漫才をした思い出、選手権で悔しかった思い出など、サッカー部の仲間達との思い出しかないくらい、部活に費やした高校生活でした。その中で、たくさん影響を受け、考え、行動が変化し、成長できたと思います。サッカー部で体験したことを大事にしてこれからも頑張っていきます。金沢高校での青春をサッカー部に費やせてよかったです。

鈴木 翔真(横浜市立港南台第一中出身)

 自分は小、中、高とサッカーをしてきて本気で部活としてサッカーに取り組むのは高校で最後で、その最後が間違いなく今までで1番充実していました。仲間や指導者の方々にも恵まれてすごい楽しかったし、本当にサッカーをやっててよかったです。 

 最初金沢高校の戦術を聞いたとき自分は全く理解できず、そこで中学校のときとのレベルの違いを実感しました。また初めてロングロングを走ったとき自分はついていけなかったのですが、ゴール地点で先輩に本当のロングロングはこの2倍くらいと言われて逃げ出したくなりました。しかし本当の地獄は合宿で、自分はただでさえ走るので精一杯なのに、そこにご飯も追加され、死にそうだったのですが先輩の助けでなんとか切り抜けることができました。このように苦しいこともたくさんありましたが、それ以上に楽しいこともたくさんありました。普段の練習もすごい楽しみにしてたし、練習の前にボールを蹴りながら話したりするのも楽しかったです。練習が終わった後も更衣室でみんなと話してるのも楽しかったし、本当にこのサッカー部に入ってよかったです。最後に今まで支えてくださったスタッフの方々本当にありがとうございました。